SHINICHIROU BLOG~月はみていた~Vol.10「山口県周南市夏切、竹盧山房、野村昌弘」

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出逢いから馬があった。

同じ歳で親友のまぁくんこと、
料理人、野村昌弘が今年2月この世を去った。
私が知ったのが、先日7月6日。

大阪と山口。

互いに切磋琢磨し、
1年に1回、一緒に飲んだ。
彼は私の周年に愛嬌の良い笑顔で顔を出してくれた。
私は彼を心からリスペクトしている。
山口で1日1組限定の彼のお店は19年目だった。

彼のお店は半年の予約を1日で埋める。
予約するお客様は電話するためだけに有給を取り、
1000回以上電話するという。
そのうち2ヶ月は研鑽のために日本全国放浪し、
ちょうど私の周年に合わせて大阪に来る。

まさにレジェンド。

私も運よく行かせて頂いた時、
彼は山口駅まで車で迎えに来てくれた。
彼は博学でオタクで天才だった。
何を聞いても答えてくれるし、
途中からマニアックすぎて
何を言ってるのかさえ分からなくなった。

山の中のお店は自然に囲まれて、
調度品はセンス良く、只々素敵な佇まいだった。

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「本日のコース料理の最初は
陶磁器に呉須(絵の具)で絵を描いて貰います。
1200度で焼いた後、ご自宅へお送りしますね」

「!?」

コースの最初が、陶磁器を造る!
最早、天才である。
ちゃんと娘の分まで用意してくれていて、
今でも毎日食卓に並んでいる。

もちろんコースの内容も本当にしびれた。
山口県の素晴らしい食材でつくる創作料理とペアリングは、
彼の理論と分析と哲学に基づいていて、
他に類を見ない。
まさに孤高の天才。
エンターテイメント。
何が素晴らしいって、料金も良心的。
彼は絶対儲けるためにやっていない。

彼の訃報は
山口県のニュースに流れた。

その中の、
彼のお母さんの言葉が心に刺さる。
(ただわがままに、
お客様の笑顔だけを励みに、
こだわり抜いた人生でした)

彼は、
私の理念「たべるおもいで」を地でいっていた。
彼は私に言ってくれた。
「上田さん、また山口に来てください」と
私は
「予約取れないじゃないですかぁ」と遠慮した。
「上田さんだったら分かると思うけど、
時々は空けてるんです。だから大丈夫です」
彼は親族でさえ、
ちゃんと予約しておもてなししてるのに、
私はちゃんと彼の親友だったんだと改めて思う。
だけど私は行かなかった!
遠慮もあったし、また逢えると思ってたんだ…

先日の7月5日、
上田慎一郎9周年
野村さんは来なかった。
どうしたのかな?と思っていた。

次の日の7月6日。
山口県からランチ予約で来てくれたお客様が、
野村さんの訃報とお別れ会の事を伝えてくれた。
大阪にいく予定があるお客様に、必ず
「上田慎一郎に絶対行ってください!
とっても良いお店だから」
と、あの野村さんに言われたら絶対行きますよと言っていた。
絶大な信頼。
野村さん私は応えれてるかい?

Google検索で
山口県の多くの人が
上田慎一郎を検索してくれていたんだ。
まぁくんだったんだ…
そんな風に言ってくれてたのか。

だから周年に
来れなかったんだな…
まぁくん…。

!!!

9周年のワイン会、
最初の乾杯用ワインはシャンパン。
9周年も頑張るぞと思いを込めて、
野村さんが8周年の時に持ってきてくれた
「祝!八周年」のシャンパン。
彼の筆の文字が素晴らしい
演技の良いシャンパン…

野村さんきっと来てたよ。
私と一緒に乾杯してた。

自分が居なくても、
9周年お祝いに来てくれた全員に振舞えるように
マグナムシャンパンにして…

そして…
その日に訃報を知ると、
私が落ち込むから、次の日知らせた。
ありがとう。
野村昌弘、まぁくん。

また一人
この国の宝が
この世を去った

7月6日
私は野村さんと献杯した。
寂しくなった。
そして私は逢いたい人に逢おうと決めた。

彼のお別れ会が
8月10日、11日
山口県周南市で執り行われる。

教えてくれた、
7月6日ランチご来店の伊藤様
この場を借りて御礼申し上げます。

野村昌弘
ありがとう
上田慎一郎

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